沢村慎太朗「午前零時の自動車評論10」

  シリーズ10作目となる沢村評論シリーズが年末に発売されましたので、今回はその「感想」を書いてみたいと思います。なにより初心者にはなかなか近付き難い沢村ワールド全開の評論ですから、これまでの9冊は手に入れるとまずは目次を一瞥して、興味深い車種を取り上げている項から読みはじめるのが常でした。それでもあまりの難解さに頭がクラクラしてきて3編くらいを読んだら休憩。そしてそのまま残りは翌日以降へ・・・がこれまでの過去9作だったのですが、今回は初めてノンストップで始めから終わりまで一気に読み終えました。冒頭からとりあえず読みたくなる「VW問題」だったこともありますが、その後も「ルーテシアRS」「300km/hのスーパーカーの真実」「NDロードスター」「映画とポルシェ」「ケータハム」「ジャガーFタイプ」と今回はやたらとコンテンポラリーなテーマが続いています。

  沢村さんの本で一番キツいのが、ゼネレーションギャップがもろに出て意味がわからない1970年代80年代の回顧談ですが、それに出くわすこともなく終盤まで進みます、気がつけば残り2章だけ。そしてここで珠玉の傑作ストーリーが登場して「1700円払った甲斐があった」「最高傑作か?」と率直に思える非常に巧みな構成になっています。しかしここまで「読みやすい」ということは、沢村さんの評論が本来持ち合わせている「灰汁」的な要素が少ないのかなということかもしれません。しかし素人がチンプンカンプンになるような技術論が抜け落ちているということでもなく、また安易に結論が見抜かれてしまうような捻り不足な不始末なども一切ありません・・・相変わらずの「芸術的評論」っぷりが炸裂しています。何がいつもと違うのか?

  とりあえずちょっぴり気になったのが、何が気に入らないのか・・・庶民が嗜むスポーツモデルであるはずのルーテシアRSとNDロードスターを容赦なく「抉り」ます。200万円台の良心的なモデルに牙を剥くことには、沢村さんもさすがに躊躇いがあったでしょうけども、世間で言われているような「傑作車」には程遠いですよ!と大衆の目を覚まさせたいという意図が強かったようです。しっかし、間違えてこの本を読んじゃった人はどちらも買わなくなるよな・・・。「911とロードスター以外は邪道!」と言い放っている人ですから、これにはマツダ関係者も困惑するでしょうね。全面的にターボ化する911に今後どういう評価が下るのかわかりませんけども、間違いなく沢村理論による「ピュアスポーツの絶滅」に近づいているのだと思われます。

  そうかと思えば、ケータハム・スーパーセブンとジャガーFタイプの2台を立て続けに紛れもない「本物」だと絶賛します・・・なんだこのエゲツナイ展開は。相手がフェラーリだろうがBMWだろうが容赦ない切り口で一刀両断にしてきた「明快」な沢村評論が、予想外の「二枚腰」を見せてくるとは。しかし「明快」さと同時に、他の凡百の評論家には絶対に書けないようなマイナー車の隠れた良さを最大限に褒め上げたり、逆に大絶賛されているモデルを完膚なきまでに叩きのめす「カウンター」こそが沢村さんの真骨頂ですからね・・・。NDロードスターを絶賛する企画が相次いだ2015年の自動車雑誌への当てこすりなようです(マツダよ!広告費使い過ぎだ!)。

  しかし一通り読み終えてみて、読む前から漫然とNDロードスターにもルーテシアRSにも関心が低かった自分の内面が見透かされたような気がして薄ら寒い感覚になりましたね。結局は自分のクルマ観も「カウンター」的な要素に大きく影響を受けていて、ロードスターの特集記事をどこか冷めた目で眺めてきたこの1年間をふと思い出しました。マツダのディーラーに顔を出しても、展示スペースの目の前を素通り出来てしまう程度の引きの弱さ・・・。フェラーリの傑作デザインといえる現行カルフォルニアTに似せたようなテールの作りなんかいいと思いますけど、どう逆立ちしてもロードスターはカルフォルニアTにはなれません。

  さてこのシリーズ10作目ですが、最初の「VW問題」と最後の「トヨタ燃料電池」の話以外はすべてスポーツモデルの話ばかりです。VWやトヨタの話もそうですが、全編にわたって「クルマと付き合うのはなかなか厄介」というリアリティだけがひたすらに通り抜けていきます。この本を読んだからといってどの特定のクルマが欲しい!という気分にはならないでしょうし、みんなでロードスターを日本COTYに選んで「世界に誇れるクルマ」と自己満足するだけの過渡期といえる時期に慌ててクルマを買う必要なんてないんだよ・・・という沢村さんの偽りの無いメッセージが非常に親切に感じました。

  それとラストの一つ前に収録されている「六匹目の毒蝮」という話がとっても楽しいです。大物ジャズピアニストのハービー=ハンコックのストーリーですが、マイルス=デイビス自叙伝にも一切触れられていない、ジャズメンとクルマに関する非常に心温まるいい話でした!!! クルマだけをストイックに紐解いていると、突如として虚しい気分になったりするわけですが、映画であれ、ジャズであれ、ある種のカルチャーと見事にシンクロしたクルマを見つけて、その世界観を楽しむことがクルマと上手く付き合うコツですよ・・・とでも言いたげなシリーズ10作目でした。オススメです!

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