2020年8月28日金曜日

水野和敏氏 「MAZDAだけは絶対に許さん!! CX-30もスカイXも無価値!!」みたいなレビュー・・・

相変わらずのベストカー?

水野さんがドイツで根強い人気のMAZDAと三菱のモデルを並べて「ボロクソ評価をしている」とかわざわざタレ込んでくる人がいた。もういいじゃんベストカーなんて誰も信用してないんだからさ・・・。カーメディアやヤフコメの素人が何を騒ごうが、この5年余りの間にトヨタとVWが広島メーカーをお手本にグループ全体の方針を大きく変えたことは否定できない事であるし。しかし読んでみて「なるほど」と唸らされた。コアなMAZDAファンなら水野氏のレビューの意味がわかるはず。


孤高のMAZDA

MAZDAファンとしてトヨタやVW の方針に影響を与えたことを「誇らしい」なんて思ったことは一度もない。トヨタやVWがMAZDAをお手本にしようがしまいが、クルマ好きのカーライフには特段に何も関係がないことだ。おそらくMAZDAの真似をしたプラットフォームやライト・サイジング・エンジンを設計しようとも、MAZDAフラッグシップ群の「世界の頂点」を自負する領域には近づけないだろう。トヨタやVWのクルマが決して悪い訳ではない(むしろ良くできている方だ)。メル◯デス、B◯W、ボ◯ボなどの最近のモデルに顕著な理解不能なレベルのシャクリに比べれば見事なクラフトマンシップを見せているとすら思う。しかしこの両者がMAZDAの領域には辿りつけない理由はいくつもある。


まさかの弱点発覚・・・

MAZDAが全モデルに残している自然吸気エンジンにトルコンATを組み合わせたユニットは、仕上げの完成度において他社モデルを圧倒するのに貢献している。ちょっと乱暴かもしれないけど「ユニットの選択」ですでに勝負ありだ。レクサスISの3種類のユニットを比べれば自然吸気の圧倒的なマナーの良さはわかる。しかしそんなMAZDAに冷や水を浴びせるように、水野さんのレビューの中では、ツインチャージャーのスカイXゆえに動き出しに見られる「MAZDAらしくない」ちょっとした隙を、見逃されずズバっと突かれている。自然吸気&6ATならば・・・MAZDAアンチがグウの音も出ないくらいに上品な挙動と重量バランスの良さが際立っているし、2.2Lのディーゼルターボとの組み合わせもかなり洗練されている。それに対してまだまだスカイXと6ATのマッチングには課題があるのだろうけど、それでもクリープ無しにはまともにゼロ発進できないZF社のATを使っている某プレミアムブランドよりはずっとマシかと思うが・・・。


MAZDAの武器

グローバルで年産150万台ほどのMAZDAは、大手に対抗するためにフラッグシップ群を中心に「精度」を高く維持するクルマ作りを第5世代から継続して行っている。もちろん生産方式もトヨタやVWとは全く異なる。日産の上三川工場と並んで「クラフト&混流」の熟練工を必要とする特殊ライン生産になっている。かつて水野さんが「常識はずれの〜」とかいう著書で自画自賛していたGT-Rをラインで作ってしまう荒技がこれだ。おそらく大手のトヨタやVWがこの方式を全面的に取り入れることは不可能だと思われる。レクサスやポルシェではやるだろうけどさ。


上三川がお手本!? 

カルロス=ゴーンによって東京・武蔵村山から高級車の生産ラインだけを移管された栃木・上三川工場は、水野さんのクルマ作りにおいては欠かせない場所だっただろうし、日本でもオンリーワンの設備であり、GT-Rのようなスーパースポーツを日本で開発・生産してしまう常人離れしたバイタリティも疑問の余地なく素晴らしいことだ。それに影響を受けたであろうMAZDAが防府工場で「日本でのみ可能なハイクオリティなクルマ作り」をしているのだから、水野さんにはもっと温かいレビューを期待したいけども・・・。


AJAJの「的外れ批判」とは違う!!

それにしても切れ味が鋭い。現在のMAZDAが抱える「ダークサイド」を見事に暗示している。MAZDAに対する厳しいレビューはAJAJのライターがいくらでも書いているのだけども、水野さんの「偽りのない」レビューには一面の真実が浮き出てくる。国沢光宏や渡辺陽一郎といったAJAJのレビューには残念ながら「偽りしかない」。AJAJの連中はMAZDAを指名買いする人が当たり前にわかっているMAZDA車の長所すら全く理解できていないようなレビューを平気で書く。


地雷

「日米欧のNCAPでトップ」「自社設計かつ世界最高のミッション」「自然吸気の美点」「世界最高の静粛性」「世界最高の直進安定性」など他社との差別化はあちらこちらに仕掛けられているのがMAZDA車だけど、そんな地雷を次々を起爆させガタガタでスカスカで全く的外れなMAZDA批判を展開するAJAJレビューに昨年はウンザリさせられた。余談だけど、ちょっと前に渡辺陽一郎がウェブメディアのレビューでホンダ・アコードの安全性に疑問を呈しているのには笑っちまった。そもそもアコードの安全性がダメだったら日本で走っているクルマのほぼ全てがダメってことになるだろうに・・・。


水野レビューの真意

しかし今回の水野さんの「MAZDA批判レビュー」は見事なまでに地雷を回避している。そもそもCX-30はフラッグシップ群ではない。言い方は悪いけど、MAZDAがトヨタやVWに近い感覚で原価・工程をギリギリまで絞っている「利益改善モデル」だ。もちろん世代による理由もあるだろうけど、スカイXはなぜ非フラッグシップから先に搭載されたのだろう!?もしかしたら、水野さんがさらっと指摘したスカイXにおけるクラッチとのマッチング不足から、MAZDA陣営はフラッグシップ群への搭載を意図的に見送っているのかもしれない。「練度不足のものはフラッグシップには使わない」確かにそんなコダワリこそがトヨタやVWとの大きな違いだと思うが、水野さんが本当に言いたいのは、(自身が日産で最後に関わった)上三川のHV用ミッションは最初から完成度が高かった!!ってことなのかもしれない。「MAZDAよ!!もっと頑張れ!!」って意味もあるのだろう。


水野さんに言われなくても・・・

CX-5は日本以外の市場では自然吸気エンジン一本にも関わらず、グローバルで年産40万台を積み上げた。クルマの価値がよくわかっているアメリカや中国でシェアを奪った。「日本車はスゴイ」「ホンダはスゴイ」ってのは、そもそもアメリカ人が言い出したこと。リーマンショック後のMAZDAの再びの奇跡は、クルマ好きが諸手を挙げて歓迎すべき快挙だったけども、その先に待っていた新世代の「非フラッグシップモデル」に対して水野さんは苦言を呈したかったのかもしれない。これは国沢や渡辺のような完全に論点がズレていて的外れだった「ネガティブキャンペーン」とは意味合いが全く違う。MAZDA首脳陣もさぞかし耳が痛かっただろう。MAZDA3&CX-30とスカイXには、水野さんに言われるまでもなく、コアなMAZDA好きでも安易には手を出さない難点が健在している。やはりMAZDAを買うならフラッグシップ群・・・。







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2020年8月3日月曜日

福野礼一郎「トヨタになり切らないと商売はデカくならない、けど・・・」 至言炸裂。


毎度お馴染みのディス

日本の「プロ自動車ライター」が加盟するAJAJにも、仕事にあぶれている感じの人が多いけど、非加盟の「素人」である福野礼一郎氏は、還暦を超えてもなお複数の連載を抱え、毎年レビューをまとめた単行本を発売するなど精力的な活動が続く。AJAJの還暦超えライターは失礼だが、ただの一人もその筆力に感心できる人はいない。決して性根の悪い人々ではないのだろうけど、能天気な仕事ができなそうなオッサンばかりだ。池上彰がカーレビューを書いている感じだ。そもそも「池上彰」の本を真剣に読んじゃう社会人(営利活動に貢献できる人材)なんかいるわけねーだろって話だ・・・。


クルマ語れないレビュアー連合=AJAJ

より多くの人に自動車を知ってもらいたいというAJAJの「崇高な理念」に沿って、誰にでもわかる平易なレビューを書いているという意見もあるだろうけど、もはやレビュー全体としてクルマを議論する裾野が低過ぎて(クルマ好きが呆れるレベル)、AIかメーカー担当者が瞬時に書き上げそうな通り一遍の内容ばかりだ。今どきの素人はネットでいくらでも情報を得ることができる訳で、巷に溢れるハウトゥー本のような不必要に入門的に書く必要はない。これではクルマの魅力は引き上げられないと危惧してしまう。



いうまでもないけどさ・・・

非ユーザーの若者にとりあえずクルマに関心を持ってもらいたいなら、大変失礼だけど中身がスッカスカなオッサンは表舞台からさっさと退場した方がずっといいだろう(老害専門の媒体で書いててください!!)。若いユーザーに関心を持ってもらえそうなAJAJメンバーといえば・・・竹岡、藤島、今井、五味、ピーター=ライオンくらい!?やはり「プロ」を名乗るなら「ルックス」「希少性」「筆力」のどれかで圧倒的な魅力を持っていなければならない。老人はライターをやるな!!とは言ってません。「ルックス」で勝負できないなら「筆力」で勝負すればいいわけだ。とりあえず「筆力」では素人(非AJAJ)の福野氏に勝てるメンバーはいなそうだ。まともに単行本すら出せない人ばかり・・・。


福野レビューの魅力

福野さんの連載にホンダ・アコードが登場した。もはや日本メーカーのミドルクラス以上のサルーン/ワゴンを語らせれば、この人の独壇場だろう。フーガ、スカイライン、レジェンド、クラウン、レクサスLS、レガシィ、レヴォーグ、MAZDA6は是非是非に「福野レビュー」で読みたい。もちろん輸入車や日本メーカーの小型&ファミリータイプのレビューも秀逸だけど、日本メーカーのサルーンを語らせるとギアがもう一段上がる。この人は自動車評論家であると同時に「男の持ち物」を語る専門家でもある。一眼レフカメラ、機械式時計、スーツ、革靴、バイク、ギター、オーディオ、ロードバイク、マウンテンバイク、飛行機、ヨット、戦車、機関銃などなど。


AJAJが批判される理由

「21世紀的な価値観」とやらでは、モノに執着する時代はとっくに終わったと言っている。卑弥呼や織田信長の時代も脈々と続いた「モノへの執着」は20世紀から21世紀のタイミングで完全に過去のものになったんだそうだ。だから若者はクルマ、時計、スーツなどに関心を示さないのだと。本当かよ!? 60歳前後の還暦AJAJライターの自動車レビューを読んでいても、ちっともクルマへの関心の高さなど伝わってこない。モノの価値を語るのではなく、もっぱら自らのポジショントークに終始しているだけだ。高級な欧州ブランドのグランドツアラーは「良いクルマ」で、地方インフラを支えるコスパ抜群な日本専売車は「つまらないクルマ」・・・と示すことが「レビュー」だと根本的に勘違いしている。私は欧州車派で、一般大衆は日本車派であるとマウンティングすること自体は否定しないけどさ、そもそも比較の前提が間違っていることに気づくべきだ。ずっと前からブログで主張してるのだけど、欧州車はMAZDA、SUBARU及びスカイライン、アコード、シビックなどと比べて語る必要がある。日本専売のコンパクトカーやミニバンと比較するのは理解不能・・・。



クルマ離れはあるのか!?

1000年以上も前から続く人間の「物欲」はそんな簡単には無くならないだろう。当然だけども還暦の初老だろうが若者だろうがわずか30~40年くらいしか離れていない世代だからといって、実際のところは大して変わらないと思う。それぞれの世代が「物欲」は持っているのだけど、その対象となる「モノ」が変わった、あるいは日本社会のお得意な「同調圧力」の中身が変わったからそう感じるのかもしれない。「クルマ持つのが当たり前」から「クルマは不要」という風潮に変わっただけなのに、現代の若者には「物欲がない」とやや上から目線での結論に辟易する。




ちょっとブチかまします

若者は酒も飲まなくなったらしい。日本のスーパーマーケットにたくさん並んでいる缶入りのアルコールを飲む人間は、ちょっと語弊があるかもしれないが、その消費行動は薬物やシンナーにハマる人間と大差ない。化学的に合成された廉価なアルコールに香料を混ぜて作った有害な「粗悪アルコール」を飲んでいれば肌艶もどんどん悪くなるだろうし、やや先入観もあるだろうけどその手の缶入りアルコールが習慣化してしまった人は、まあ例外なく身なりが怪しかったりする(汚い)。そんな酒を買っている客をちょっと注意して見ればわかるだろうけど、ビン入りの酒を飲む人種と比べると、身につけているものも服装や靴も汚れていて「偽物」を身につける傾向が見て取れる・・・東京の電車で缶入りアルコールを飲んでいる人種を想像すれば、決して過激な偏見だとは思わないし、夜の車内にしばしば転がっているアルコール飲料はほぼ例外なく缶なわけで、服装の乱れはモラルの欠如に連動する。



福野レビューの傾向

聖武天皇も足利義政もそして現代を生きる趣味人もそうだけど、「本質を欠いたモノ」には全く興味を示さなかったと思う。そして福野さんもタイトルにある一言で、やたらと「偽物」が溢れる自動車市場を嘆いているようだ。モーターファンイラストレーティッドの連載に「ホンダ・アコード」が登場した。最近の福野さんの連載レビューはかなり意図的に感じる。今は少々元気がなさそうだけど、長らく日本の自動車産業のレベルを世界に示してきた三菱、日産、ホンダのレビューの際には、これでもか!?というほど、そのメーカーの過去の逸話を放り込んでくる。若いクルマ好きな読者に「伝えておきたい」という気持ちなのだろう。あるいは還暦の自動車ライターにもマトモな人がいるってことを必死で訴えているのかもしれない。



正しくレビューする技術

今回のレビューは「ホンダ」であり「アコード」である。自動車産業の先達であったアメリカとヨーロッパを完膚なきまで叩きのめしてきた実績を考えると、文句なしに世界最強のシリーズといっていい。およそ450万円まで日本価格が上昇し、さすがに響くユーザーはかなり減ったかもしれないが、450万円以上の内容なのはマトモな人なら理解できるだろう。響かないなら黙ってればにAJAJのK沢とかいう還暦ライターはツイッターで「誰も関心ねーよ・・・」とイジっていた。これだからAJAJは嫌いだ。新型アコードには、すでに「飽和」と思われていた日本市場で完全に欠けていた「本質」が備わっている。セダンは売れないがデフォになりつつある中で、カムリもMAZDA6も「爪痕」は残したが、新型アコードはこの2台を力技で超えて行った。いうまでもないけど、リベラルな福野さんは、新型アコードが成し遂げた「立ち位置」をレビューの中で余さずにスマートに伝えている。昔も今もアコードは世界の頂点を目指して開発されている・・・と言いたいのだろう。


ハイレベルだけどまだまだ上がある

新型アコードはあまり注目されてないけど、高性能サルーンとしての資質をとことん追求している。純粋に「高品質」なサルーンが欲しいならベストチョイスにもなりうる。とりあえず高級サルーンの定番であった無印のメルセデスやBMWを相手に日本の自動車産業の到達レベルの高さを示した!! くらいのレビューなら私のような素人でも書ける。しかし福野さんは、かなり高水準な新型アコードだけれども到達できていない部分も指摘している。自社でミッションの開発を続けるなど、こだわりを保つ名門ドイツブランドの同価格帯サルーン(CとE)と比べてのミッションフィールの欠点を指摘(アメリカのトルコンDCT持ってこい!!とも言っている)。しかしK沢のように鬼の首を獲ったような騒ぎ方ではなく、いたってスマートに書いていてアコードの完成度にイチャモンを付ける意図までは感じられない。総合力ではアコードの勝ちは揺るがないのだから当然の配慮だろう。この辺がAJAJライターとは決定的に違う。


自動車メーカー大分裂の時代

福野さんはやっぱり流石だな・・・と思いつつ目に飛び込んできたのだ「トヨタになり切らないと商売はデカくならない」の一言。これだ!!還暦を超えてなお新しい「語録」を次々と生み出すレジェンドだ。トヨタやユニクロは日本の生活を支えるインフラという意味では非常に重要なタスクを担っているし、一部では眼の肥えたユーザーを捕まえるようなモノづくりも仕掛けてはいるのは確かだけど、それでも福野さんのいうように、トヨタのようなトップシェアブランドがその規模を維持&拡大するためには、MAZDAやPORSCHEのようにひたすらに理想を追い求めるメーカーとは本質的には真逆の存在になるのは仕方のないことだ。そしてトヨタとマツダを比べることはナンセンスだ(英国カーメディアがそう結論していた)。



ホンダを憂う

日本市場向けのホンダのラインナップはそんなジレンマの中で途方に暮れている。失礼だけど、缶入りの酒、クオーツ時計、セメンテッド製法の靴、合紡のシャツ・・・あらゆる「モノ」にこだわりを持たなくなった大多数の日本人ユーザーの品性の前に、ホンダが迷うのも仕方がないのだろう。「トヨタになりきれ」「ユニクロになりきれ」の企業スタイルを否定する気は毛頭ないけど、ターゲットとされている「意識が低過ぎる」人々には、どうしてもやや差別的な感情を持ってしまう。なぜそんな格好をして仕事として客の前に出てくるのだろうか!?公共の場所で平気で佇んでいられるのか!?



コモディティ化を止めろ!!

「トヨタになりきった」ビジネスで作られるクルマも結構だけど、そんなクルマ作りをしているメーカーの売れ行きが思わしくないからといって、「若者は物欲がない」というジャッジは滑稽だ。トヨタ的、ユニクロ的なビジネスは猛威を奮って消費行動を変革しているけど、当然ながらクオリティを求めるユーザーからは「反動」の動きが出てくるわけで、日本市場でフェラーリ、ランボルギーニ、ポルシェ、MAZDAはここ近年に伸びているし、安易にトヨタ化を受け入れたメルセデス、BMW、VW、ボルボは逆にフェードアウト気味だ(日本のユーザーの期待を裏切っている!?)。アコードの日本向けのガチガチ仕様は、トヨタ追従と言われても仕方ないし、アコードにイマイチ注目が集まらないのも、北米でのびのびと販売されているアコードとは全く別物だからで、日本のファンの気持ちを福野さんが清々しいまでに代弁してくれた。これからも福野さんの活躍を大いに期待したい。







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