評価軸の難しさ
発売から12年目に突入し、とうとう終焉の時を迎えたCX-3だけど、5年ほど前に「E-CAR LIFE」で後期型CX-3の試乗レビューが出ている。「可もなく不可もなく」ではあるが「今の状況を考えたら魅力的なパッケージになっている」みたいな定型文レビューが多いユーチューブ・チャンネルで、その評価が丁度良いのがCX-3なので、観る前から「落とし所」がなんとなく予想できる。
Bセグ実用車(SUV)の域は出ないのだけど、手頃な価格設定であっても「MAZDAの美学」を存分に感じられることが素晴らしい。ヤリスクロスやWR-Vが徹底的に割り切っている部分 である、内装、外装、静音、エンジン、シート、ペダル、着座位置、トランスミッション、サスペンション(特にリア)に、MAZDAのこだわりやクオリティがしっかり感じ取れる。これだけ作り込めば、クルマ好きなら誰でもその意図はわかる。
批判しづらい!?
人気レビュアーとしては、熱烈な視聴者が多いMAZDAファンを敵に回すのが怖いかもしれないが、五味康隆さんもマリオ高野さんもMAZDA車のレビューにはしばしば「手加減」を感じる。かなりのボリュームの「こだわり」を全てのモデルに投入しているから、安易には批判できない。同じようなポリシーを前面に出すメルセデスやBMWの方がまだツッコミ所が明確かもしれない。
MAZDAもメルセデスやBMWのように、縦置きエンジン、直列6気筒など機能面での差別化である程度は客層が分断できてしまうクルマが増えてきた。初代プリメーラで玄人好みのこだわり設計を手掛けた開発者が、小学生でも凄さがわかるR35GT-Rを作るようになった結果、名車揃いだった日産の実用車がFMCの度に輝きを失っていった。「こだわりはわかるけど、感動は薄くなった・・・」くらいのことを発信力がある人に言って欲しい。
変わるビジネスモデル
私自身がMAZDAに乗り始めて10年以上になった。最初の出会いは衝撃的だった。トヨタからMAZDAという最大級の乗り味のギャップを伴う乗り換えだった。総合自動車メーカーは他にもたくさんあるけど、スバル、ホンダ、日産、BMW、VW、アウディ、メルセデスなどは、すべてトヨタとMAZDAの間のどこかの地点に存在する。MAZDAの乗り味に慣れてしまったら、わざわざ高級な輸入車に乗りたいとは思わなくなった。
CX-3もMAZDA2も、他にどうしても欲しいクルマが出てこない限りは、長い期間を飽きずに乗り続けることができる。どちらも200万円アンダーの価格で長期間販売してきた。せっかくの顧客リストも、乗り出し200万円ほどで10年以上乗り続けられてしまったら、MAZDAにとっては苦しい。乗り味を求めるMAZDAユーザーの判断基準だと、上位モデルのはずのCX-60、CX-5が、CX-3やMAZDA2の楽しさに負けてしまう。
保守本流
2000年頃から欧州市場ではスポーツカー以外の乗用車においてもMAZDAの存在感は高まった。否定する人もいるかもしれないけど、今ではMAZDA、BMW、アルファロメオが「駆け抜ける御三家」である。派手なライフスタイル向けのメルセデス、レクサス、ランドローバーの「セレブ御三家」とは違い、寡黙にドライブを楽しむクルマ好きに支持される。MAZDAは販売台数こそBMWに負けるけども、北米、豪州などの環太平洋地域でも人気が高まっている。
「駆け抜ける」に相応しい日本メーカーは、長らくホンダだったけど、2000年以降のCVT全面刷新、軽自動車への注力によって、「ピープルムーバーのBMW」と評されるかつての栄光のイメージは失われつつある。ホンダとMAZDAそしてBMW、アルファロメオ、ジャガーなどが、スポーツカー総合ブランドの代表格だが、BEVシフトの中でMAZDAが「保守的」な姿勢のまま販売を拡大したことで、MAZDAへの期待は非常に高いものになっている。
次世代の姿
五味さんもマリオさんも、大きな変革期を迎える自動車業界において、コンサバにドライビングマシンを志向するMAZDAが視聴者(クルマ好き)の熱い支持を得ている現実を踏まえて、MAZDA車のレビューでは特に慎重に言葉を選んでいる。確かにクルマを「モビリティ」と呼び始めた他社との比較では支持されているが、MAZDAに求める次世代マシンの方向性には十人十色の意見が乱れ飛んで紛糾していて、知見あるレビュアーの意見を期待して観ている。
「MAZDA6の後継となるFR直6サルーン」「RX7後継のロータリー・GTスポーツ」「MAZDA3の商品力アップ(デザイン・エンジン)」「MAZDA2、ロードスターの維持」のバラバラの4つの声が、CX-60、CX-5といった実用性モデルへ軸足を移すMAZDAへの批判になることもある。世界中のコンサバな期待を背負うようになったMAZDAにとって、10年以上前に仕立てたCX-3への2026年時点での評価は難しいのは、五味さん、マリオさんの口ぶりからも伺える。
闇の中
2000年代にフォード陣営の一員としてVWゴルフやBMW3erへの対抗モデルを作っていた時代は、ユーザーにとってもMAZDAの意図はわかりやすかった。10年くらい前から新型モデルがことごとくWCOTYで高評価されるようになった。ライバル不在で世界のクルマ作りをリードする存在となる中で、かつては雄弁にクルマの価値を語っていたMAZDAの開発者の口から具体的なビジョンが語られることは少なくなった気がする。
CX-3とMAZDA2は、北米では販売されない欧州市場向け戦略車で、CX-60などのラージ商品群登場以降は北米をターゲットにするMAZDAにとっては、次期モデルの開発予算が増やせない状況だ。2台とも120万円ほどだった先代デミオがベースだが、今では250〜300万円の乗り出しで安定して売れている。Bセグながらも「プレミアム」を打ち出す成果を挙げた2台だけども、2026年で廃止という結果になってしまったようだ。レクサスLBXやアルファロメオ・ジュニアが出てきてCX-3の価値が高まりそうだったが・・・。
振り幅の大きさ
LBXには「3気筒のレクサス」、ジュニアには「アルファロメオではない乗り味」といった批判もある。しかしそのスタート地点はある意味で新鮮だ。MAZDA2も2014年にディーゼルに乗って絶望した。CX-3も初期モデルは「Bセグなら仕方ない」程度の印象だった。しかし今では2025年式のMAZDA2のドライブを日々楽しんでいる。五味さんもマリオさんも「MAZDAの熟成力」に言及している。完成してしまい手を加える余地が無くなったCX-3、MAZDA2の販売を引っ張っても仕事が無くなってしまうのだろう。
NDロードスターも、二代目CX-5も、前期から後期への乗り換えがかなり多いらしい。MAZDA2、CX-3も前期から後期への乗り換えが一巡したところだろうか。2027年にはBセグの後継モデルが発売されるという報道が出ていた。もし他社の3気筒OEMだったら、MAZDAの感動レベルの熟成力を、乗り味がダイナミックに変わるBセグで味わえなくなってしまう。これこそがブランドの自殺行為ではなかろうか。
後記
最後までお読みいただきありがとうございます。この投稿は2026年3月19日時点での情報をもとに記述しています。今後とも日本市場で展開する 自動車 車メーカーについて思うところを綴っていきたいと思います。