福野礼一郎のクルマ評論7 ビーエム嫌い・三菱オワコン


 



たくさんのことが読み取れる

今年も「クルマ評論」が発売された。内容の半分は1年分のモーターファンイラストレーティッドの連載(12回分)であり、キンドル・アンリミテッドなどのサブスクサービスで定額で読むことができるものだ。しかし12回の連載の中に、福野礼一郎という評論家のこの1年間の「クルマ&メーカーへの考え方」の変遷がわかるとともに、今回の「7」では福野さんの30年以上のキャリアの中で、それぞれのメーカーをどう捉えてきたのかという実直な感想がたくさん漏れてくる。


「水野和敏さんのレビューを活字化したもの」と言ったら失礼になるかもしれないが、福野さんのレビューは、水野さんの声で脳内再生されてる読者も少なくないだろう。素人の意見で恐縮だけども、「元開発者」と「元走り屋」で畑は全然違っていても還暦を過ぎれば、どっちがどっちの意見だかよくわからないほどに似てきてしまうものらしい。プロ・素人ブロガー&ユーチューバーを合わせれば、かなり多くクルマに関する情報を発信する人が活動しているが、2人とも還暦過ぎても完全にオピニオンリーダーってのは凄いことだ。




ATは最善、スタイルは最悪

この記事のタイトルにもある通り、新型BMW4シリーズやアウトランダーPHEVのユーザーが読んだらちょっとイラッとするかもしれない。個人的には新型4シリーズは別に「醜悪」だとは思わないし、2022年の今、新車でロードカーを真剣に選ぶとすればMAZDA6やアコードよりも積極的に選びたいくらいだし、シビック(typeR、e:HEV)やフェアレディZと比べても全然負けてないと思う。実際のところリアシートが付いたスープラである。


だからかなり真面目に選んだ結果、不可逆的に4シリーズに辿り着く人もいると思う。お金に余裕があって合理的なクルマ選びができるのだから、還暦のライターがどんなことを書こうとも全く気にならないだろう。クルマ選びに自信がある人は、どんなにマイカーをディスられたとしてもヘッチャラである。あらゆるクルマはプロが考え抜いて工夫して作っているのだから、褒めるところはいくらでもある。それがわからない連中(AJAJとか)がクルマを語るとロクでもないことになる。



福野レビューは人生を豊かに・・・

福野さんはもちろん非AJAJだ。そうでなければ「醜悪」とか「さようなら三菱」とか書けない。まあそこまで書かなくてもいいんじゃないの?って声はあるだろうけど、これが福野さんのレトリックなのだから、読者は素直に楽しめばいい。これどれだけの読者に需要があるんだよ!?みたいな高尚あるいはマニアック過ぎる内容が出て来るのも魅力だけど、まともに読まされる側もそれなりに疲弊する。ヨロヨロになり、わからないところは律儀にググったりすると、日常生活では一生見ることもない世界観に遭遇する。


宮崎駿の自動車ライター版と言えばいいのか、おそらく福野さんのファンは、自宅に数十冊に及ぶ福野本だけでなく、「艦船」「軍用機」「工作技術」「機械式腕時計」「陶磁器」「漆器」「繊維素材」「鋼板加工」などの学術書みたいなものが並んでいる。福野レビューを存分に楽しむためには自分自身をバージョンアップしていかなければいけない。クルマの経験や知識だけでなく、普段から読書習慣がない人は軽く門前払いされるので敷居は高いのだけど、藪から棒な暴言で帳尻が合っている。



メルセデスへの執拗な攻撃は・・・

メルセデスの日本法人とめちゃくちゃ仲が悪いらしい。まああれだけAクラスを盛大にコケにし続けてきたわけだから、覚悟はできているようだ。それでも今回の12台のうち2台はメルセデスである。Aクラスだけでなく、CクラスもSクラスも苛烈に痛ぶるのかと思いきや、編集部担当者(萬澤さん)に大いに迷惑がかかっていると聞いて改心したらしい。あるいはブランドオールBEV化宣言で、もはやフルモデルチェンジもなく消えていく運命の2台に一抹の寂しさを感じたのだろうか。


15年くらい前の福野さんは、「1000万円以下の輸入車なんてロクでもない」「エボ10はAMGやビーエムMが敵わない完成度」とか書いてらっしゃったが、今ではシトロエン贔屓だそうだ。日本のサラリーマンが無理なく買える輸入車こそが、日本社会を楽しくしてくれる、そんなフランス車派な人々と意見が一致しているらしい。近い将来に500万円以上の高級車と、軽自動車しか作らなくなった日本メーカーを尻目に、ステランティスやルノーがマレーシア辺りで作っているエンジン車を日本で売ってそうだ。トヨタディーラーにはプロドア車が!?



トヨタが最高になってしまった

本書にレビューが収録された12台のうち予想よりもかなり高い評価を得ているのが、トヨタ・アクアだ。新型プリウスがランボルギーニみたいな加速をするのだから、そりゃアクアの走りだって欧州のホットハッチみたいになってもなんら不思議ではない。納得のステアリング・フィールを求めて欧州車やMAZDA、スバルをわざわざ選ばなくても、新型アクアで十分かも・・・って最近のトヨタ車を試した人なら誰でも思うことだろう。アクアだけでなく、カローラツーリングもヤリスクロスでも同様の感想だ。


年末に福野さんの「毒(ワーストカー)」を楽しみにしていた人は、この「7」ではちょっと期待ハズレかもしれない。しかし過去の6作のどれよりも、フラットに現在のドライビングカーの立ち位置を明確に評価しているインプレ12編だと思う。もっと毒を吐く福野レビューが恋しくもあるけど、昨今の新型モデルは本当に粒揃いで、批判される部分は制限速度表示がデタラメだったり、ナビが突然ブラックアウトし、肝心な時に表示されなかったり、USBメモリーの音源がスムーズに読み取れなかったりなど、電気系統に関することばかりだ。



幸せになれる本だと思う

SUVやミニバンでもアップダウンやワインディングを容易にこなすし、スポーツカーや軽自動車で3時間以上連続で走ってても疲れない。つまるところ、どんなクルマでもユーザーがまともな感性を持っていれば壊れるまで楽しいカーライフが過ごせてしまう。そこにはMAZDA、ポルシェ、メルセデス、ホンダ、トヨタといったそれぞれのブランドの壁すらもはや形骸化している。だからこそ記号的価値を求めて新型プリウスにはランボルギーニ並みの加速力を与えられたのだろう。


福野レビューを読んでいれば、どれだけたくさんのクルマに乗ってきても、正しい知識を探求する姿勢は無くならないことがわかる。知識を絶えずアップデートして、クルマの特徴を理解する能力を磨くことなしには、いつまでもカーライフに満足できないままに、次から次へと新しいクルマが欲しくなり沼に落ちていくのかもしれない。仙人が辿り着いた先が、ポルシェでもアストンマーティンでもケーニッグセグでもなく・・・・DSオートモービルだった。これは多くの人にとって幸せなことではないか!?





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