2022年11月21日月曜日

池田直渡さんが3たび「パーのスペクティブ」を晒す・・・

 

今回も悲惨な内容

また池田直渡さんに絡むのかよ・・・って呆れるかもしれない。しかしMAZDA好きとして言わずにはいられない。別にこのAJAJライターの存在を否定したい訳ではない。このブログは特定の自動車ライターをターゲットにしているつもりもない。一人の読者としてフェアにカーメディアの記事やレビューを読んでみて、これは看過できないと感じた「内容」に関して個別に批判を加えているだけだ。



今回で池田直渡さんへの批判は3回目となる。私の基準で恐縮だが、その全てにおいて批判されるに十分な「脇の甘さ」あるいは「明確な瑕疵」があった。批判を加えることは、個人の「表現の自由」を圧迫する可能性があるので、慎重に行うべきであるが、このブログで振り上げた全ての批判は、「公共性」の観点から、「ダウンサイジングターボ&DCTは正義」みたいな疑問だらけの世論が形成されないように、あえて「ブログで意見を述べるべき」と判断に達したものばかりである。



安倍さん存命なら許された「EV推進の罠」


池田さんに関する初めての投稿は、共著となる「EV推進の罠」に関する読書感想文だった。親の世代(アラ・セブ)には、この「日本版ポピュリズム」を喜ぶ人もかなりいそうだが、中国共産党の自動車行政のあり方について「アンフェア」だと叫ぶ内容が特に目立つものだった。高度経済成長期の日本政府も同じことをやっていながら、一方的に中国の政策を批判するのは愚かである。「日本の読者はまともな反論もできない」と思われるのも癪なので声を上げてみた。



2回目はCX-60発表時のMAZDA資料を使った日経レビューに、明確な瑕疵を見つけたので、とりあえずツイッターで意見を述べた。それに対してご本人が直々にツイッターで反論してきたので、ちょっとしたTwitter・ラリーになった。失礼ながら、自明なレベルの瑕疵であるのに、こちらの指摘をすぐには理解できないし、要領を得ない反論に終始され、最後は間違えを認めつつも逆ギレしておられた(なんだこいつ?)。SNSでは素人を馬鹿にするような物言いを散々にされているが、コアなクルマ好きから笑われていることにいい加減に気づくべきだ。



「謎」など最初から存在しない

そして今回が3回目となる。日経(一般メディア)の記事に目くじらを立てるべきではないかもしれない。なかなか賑わっているコメント欄だけど、この隙だらけのレビューにただの一つもクリティカルな疑問提示すらできていない。そもそも何が「謎が解けた」なのか!?ちょっとクルマが好きな人が読めば、それずっと前から知られていたことじゃないか?とすぐに池田というライターのバックグラウンドがスッカスカなことを見抜いてしまうだろう。


沢村慎太朗さんのレビューを読んでいるかのような「クルマを考える過程」を時系列で追うような文体へと進化した。これまでの結論ありきな入門者向けレビューによってネット媒体で人気を誇っていたと思っていたが、やはりコメントのレベルの低さに悩むのだろうか。残念ながら「沢村文体」はこの人の読者にはちょっとハードルが高かったようだ。「難しいよー」とのコメントが目立つ。しかし継続すればすぐに慣れてくるだろう。議論の深さは以前のものと何も変わってないから。



このタイミングで空振り三振?

なんでMAZDAはマルチリンクの特性を無駄にするような設計をするのか?・・・という問題提起は、ネット媒体の常識を遥かに超えたレベルにある。第五世代(2002〜2011)のMAZDAはフォード・プレミアム陣営の一員として「世界最高レベルにサスペンションにこだわるブランド」を標榜していた。リーマンショック後の第六世代(2012~2018)で路線の「修正」を余儀なくされたが、第七世代のラージプラットフォームで再び「サスペンションで選ばれるブランド」へと回帰しつつある。そんな状況を考えればタイムリーなレビューである。


この企画は日経の編集部からの特別な発注が元になっているらしい。伸び悩む「活字」ネット媒体は、何らかのブレークスルーを模索しているのだろう。MAZDAにとっても他社との違いをアピールできるので、非常にブランディングに役立つ内容・テーマではあると思う。周囲のお膳立てがかなり出来ているのだから、あとは「まとも」で「無難」なレビューを書けば良いだけなのに、・・・何を血迷ったのか「謎はすべて解けた」になってしまった。



内容はたった一行で説明できる


最初こそ「何事か?」と興味深く読めるが、少しはクルマがわかっている人が読み進めれば、レビューの前半も終わらないうちに、それって「BMW、マスタングあるいはFFのボルボにおいて、散々に議論されたことじゃないか?」と気が付く。2014年のマスタングのFMCで、長らく使われていた「車軸式」をやめてドイツ&日本式の「マルチリンク」に変更されたが、この際にトーコントロールにおいて一長一短あるという説明がされていて、フォードの開発陣でも意見が割れたとか報道されていた。


その後に、ボルボでもフロントにダブルウィッシュボーンを配した横置きシャシーにおいて、後サスをマルチリンクから車軸式に特徴が近い特徴が出せるリーフスプリング(トラック用サス)に変更するモデルが現れた。マスタングとは逆のメリットを取りに行った。これについては純粋なサス性能だけでなく、電動化ユニットを搭載するスペースを確保するメリットや、モーターのハイトルクで後輪を駆動させるAWDのサス剛性を高める狙いがあるとされる。



MAZDAの進化

日本メーカーのコンパクトカーで見られるような「E-four」では過剰なトルクは使わないから、汎用サスでも対応できるが、ボルボのようなシステム出力が400psクラスとなると、足回りの基本設計を改める必要があったようだ。もちろんマルチリンクのままでも、各パーツの設計基準(耐久性)を汎用品から大幅にグレードアップさせれば対応は可能なのだろうけど、それでは性能だけでなく価格もスーパーカーになってしまう。


アウトランダーPHEVや、RAV4PHVは、今後の大幅な電動化によって飛躍的に進むであろう高度なトルクベクタリング技術の開発をリードするために、ちょっと無理して商品化しているはずだ。補助金ありきとはいえ価格も量販モデルとは言い難い水準だ。コストを度外視すればテスラのハイエンドモデルのような加速性能だって実現できるが、足回りの設計を全面的に変えない限りはシステム出力300ps前後が上限になる。



MAZDAはクレイジー

CX-60に盛り込まれた設計から判断するに、MAZDAはボルボのようにシステム出力400psオーバーの「スーパーSUV」(GT-RがSUV になった感じ)を、今後のブランディングにおいて加える可能性が高いのだろう。トヨタや日産&三菱とは違う設計で「差別化」を図るのは極めて自然なマーケティングである。サスの金属ジョイントである「ピロボール」の採用については、ベストカーも池田さんも疑問を呈している。個人的にこれまで乗った乗用車(ピュアスポーツカーは除く)で最悪の乗り心地だったのがE91のMスポだった。路面からの容赦ない突き上げに下半身を殴られ続ける衝撃には戦慄すら覚えた。


程度の差こそあれ、第五世代のMAZDAの乗り心地もなかなかのものだった。かなり乗り心地が改善されたとされるGHアテンザの後期モデルを所有したが、最初の5000kmくらいまでは「MAZDAってまじでクレイジーだ・・・」としか思わなかった。3ヶ月ほど我慢したところ、体が慣れたのか、ジョイントに当たりがついたのか。気がついたらトヨタ車の乗り味を受け付けない体になっていた。試乗車の乗り心地は上々だったので、まあメカが馴染んだのだろうが・・・。



アバンギャルドへの回帰

第六世代のCX-5は良くも悪くも「王道」で、乗り心地は多くの人にとってほぼほぼ不満は出ないものだろうし、だからといってハンドリングやレンポンスの仕上げに大きな妥協も見られない。まあこれだけ整っているのだからメーカーが「SUVのベンチマーク」を自認しても許されると思う。ハリアー、フォレスター、ZR-Vなどは現行モデルになってから「他社版CX-5」にしか見えない。日産&三菱は魂動デザインを盗んでいったMAZDAの素行の悪さに相当にキレているようで、断固として真似はしないようだが・・・。


他社によってシャブり尽くされてしまったCX-5から、遠くへ逃走するように後継のCX-60が作られた。前衛的な中堅企業の生き様として、かなり共感できるし「可能性を追求するメーカー」であることがMAZDAの「ブランド力」における最大の強みでもある。アヴァンギャルドタームに入ったMAZDAに全面的に共感しろというつもりはない。別に池田さんのレビューに何かを求めている訳でもない。ただただベストカーとかいう低俗&低脳な雑誌と同じような「乗り心地への疑問」を書いた思慮の無さに、MAZDA好きとして呆れているだけだ・・・。



MAZDAファンとの亀裂

福野礼一郎さんや沢村慎太朗さんなら「BMW、マスタング、ボルボ」をスルーすることなく、MAZDAのリアサスの意図を説明したりはしないだろう。ベストカーの裏ボスである国沢光宏さんであってもこんなダサいレビューは書かない。ユーチューブで「アドリブ一発録り」している五味康隆さんでも、軽々しく「謎は全て解けた!!MAZDAは世界で初めて・・・」なんてことは呟かないだろう。カーメディアでそこそこキャリアを積んできた人であれば、まずこんな書き方はしない。


CX-60においてMAZDAは、エコ性能に最大に配慮した直6ユニットと並んで、足回りの設計を最大限にアピールした。購入を決めた人の多くは、フロントがストラットだったら動かなかっただろう。世界最高の走りを目指して、独特の足回りで人気を博した第4世代・第5世代のMAZDAへの「回帰」を素直に喜んでCX-60を買いに行っていることだろう。レビューで第4、5世代に全く言及できない池田さんより、サスのことがよくわかっているからCX-60に素直に歓喜できるし、大金も用意できる。あくまで個人の感想に過ぎないが、コアなMAZDAファンと池田さんの間には修復不能なレベルの溝が見える。




関連リンク


「岡崎五朗&池田直渡 『最凶右傾コンビ』爆誕!!」



「『EV推進の罠』の読書感想文を書いたら、筆者の一人にボコボコにされた・・・」



「水野和敏さんとI田N渡さんの『キャスター角』論が真逆の食い違い!?」



「MAZDAの偽善的な資料提供に疑問」



2022年9月14日水曜日

島下泰久さん「MAZDAに欲しいクルマはない」(憶測)

 

突然にやってきたツイート

毎週のようにちょっとパンクなツイートが流れてくるAJAJ島下泰久さんだが、今回は「お前ら!!勝手に騒げ!!」と言わんばかりの内容だ。カーメディア雑誌の企画部がクソなのは今更だけども、現行ラインナップで欲しいクルマが一台もない「クソ・ブランド」が1つあると堂々と宣言している。


日本メーカーなのか輸入ブランドなのかわからないけども、雑誌とタイアップする企画だからおそらく日本メーカーではないかという気がする。実際のところトヨタ、日産、ホンダにはそれぞれに尖ったハイエンドなスポーツモデルがあるので、「欲しいクルマが1台もない」ってことにはならないだろう。



確かに欲しくないかも

大方MAZDAかスバルのどちらかだろう。確かにどちらも日本向け現行ラインナップはパッとしない。MAZDAにはCX-60があるじゃないか!!・・・まあ確かに素晴らしいクルマなんだと思うけどさ。ポルシェ・カイエンの中古車が二束三文で売られているのを見向きもせずに、CX-60を現車見ずに予約したという人も多数いるのだから驚きだ。確かに話題先行ながら魅力に溢れている。


島下さんが言ってる某メーカーがMAZDAだとすると、CX-60も含めて「欲しいクルマではない」ことになる。このクルマを「欲しい人」が多数いる反面、島下さんのような「欲しくない人」がいる理由はなんとなくわかる。カイエンやレヴァンテの中古車がダブついていることからも、どんなにハイエンドなスペックでもSUVでは、ポルシェ911やフェラーリ・ローマのようにクルマ好きなら誰もが無視できないような存在にはなれないから。



ちょっと腑に落ちない点も

MAZDAにとっては島下さんにどう思われようが知ったことじゃないし、わざわざ名前を伏せてまでそんな情報をSNSで流布しようとする意図も理解できないだろう。八方美人な評論家稼業で、さまざまなクルマのレビューを書いてきたであろうが、今回の「MAZDAを褒めまくる企画」では、これまでの忍耐&プロ根性は発揮されないのだろうか。


プロのカーメディアでもアマチュアのユーチューバーでも「忖度しない」「フラットな視点」とプロフィールに掲げつつ、視聴してみると全開で最大手メーカーへの忖度で埋め尽くされているなんてこともある。クルマ評論がフラットな視点で構成されていたら、もう視るのが苦痛なくらいの内容になるだろう。客観的な「燃費」「スペース」「NCAPスコア」などで優劣を判断するだけだ・・・。



スタンスの違い

ちょっと前に福野礼一郎さんの連載レビューに「カーメディアに本音を書くバカはいない」と衝撃的な一言があった。そして日々多くのレビュー動画をアップしている五味康隆さんは「ボクはいつも本音しか言わないですから」と言い続けている。どっちも視聴者や読者をナメている馬鹿野郎かもしれない。


なにはともあれ、昨今の自動車メディアは視聴者&読者と自動車メーカーの間のパワーバランスを調整する役割くらいはありそうだ。ユーザーが積極的にクルマを買いに走り、メーカーが販売台数を伸ばすことに必死であった時代には、両者に迎合した具合の良いカーメディアが重宝した。



環境も変わった

しかし現在は、トヨタを含むすべての日本メーカーが日本市場から撤退しても存続することが可能だ。日本市場でカツカツの価格で販売されるアルファードが、東南アジア市場では1000万円の価格が付く。半導体の供給が限られる中で、日本向け生産を優先する意味などほとんどない。


そんなメーカーの事情を察知した国内ユーザーもクルマの購入に大きな意義を見出しづらい。互いに背を向けているメーカーとユーザーの関係を、節操のないポジショントークで融解させていくのがカーメディアに求められた現在の役割である。



危険な状況

島下泰久さんの「MAZDAラインナップはオール・ノーサンキュー」(確定情報ではありません。あくまで推測です。)というSNSのメーセージは、今時のカーメディア最前線で戦う彼の率直な危機意識から発せられるものだろう。MAZDAというポピュリズムに立ち向かうカーメディアが一人もいない状況は業界の死を意味する。


「日本未導入のCX-50を選んでもいいですか!?」と納得がいくオチがついているので、「某ブランド」の正体はほぼほぼMAZDAだろう。スバルでは思い当たる海外専売モデルが見当たらない。もし島下さんが本気で大正義な「アンチ・MAZDA・ジャーナリズム」を怒涛のごとく展開するならば、影ながら精一杯にこのブログで「応援」したいと思う。













2022年6月28日火曜日

福野礼一郎さん「MAZDA車はカッコ悪い。デザイナーが何もわかってない・・・」




新シリーズ創刊!!

 CX-60の発売と同じくらい嬉しいことに、福野礼一郎さんの新しい単行本シリーズが発売された。「福野礼一郎・スポーツカー論1」という題名だからには「2」「3」と「ゲンロク」の連載が続く限りは、毎年この時期(6月頃)に1年分のレビューをまとめて出版してくれそうだ。世紀の大傑作だった「世界自動車戦争論1」は直後のリーマンショックで業界が大きく変わってしまい「2」が出なかった(20年スパンで2028年とかに出る?)。毎年発売されているモーターファンイラストレーティッドの連載をまとめた「クルマ評論」もあるけど、もうどんな内容だって買うから、とにかくずっと出し続けてほしい。



永久保存版の傑作

ごくごくメジャーな乗用車をレビューする「クルマ評論」とは違って、完全に趣味の世界の2シータースポーツカーだけを相手にする「スポーツカー論」なので、福野さんの本領発揮なところがとにかく面白い。ある程度は読者が限定されることもあって、ファンの期待通りにメチャクチャに突っ走っている。ほんの一部をネタバレさせてもらうが、詳細は書きませんし、興味のある方は実際に読んでみることをオススメする。自動車雑誌2〜3冊分くらいの税込2640円だけど、雑誌買ってもほとんど福野連載しか読まない人にとっては12冊分の価値はあると思う。



MAZDAとポルシェをボッコボコ

この投稿のタイトルにもあるように、MAZDAのデザインが「本末転倒」だという福野理論は、コアなMAZDAファンほど妙に納得してしまうのではないか!? MAZDAとポルシェ以外は買わない主義のブログ主としては、この本でこの2ブランドが徹底的に叩かれているのがとにかく新鮮でしかない。「もうこの2ブランドは脳死状態」と言わんばかりの怒涛の福野節に圧倒された(筆力がハンパない)。ちなみにレビュー対象として登場する日本ブランドはMAZDAのみだ。BMW、アウディ、メルセデス、レクサスといった「非スポーツカーブランド」は一切登場しないのだけど、とあるエピソードからメルセデスが強烈に被弾。「ブタ」とかいう差別用語はさすがに時代を感じて苦笑いだが・・・。



線引き

この本を読んで怒り出すMAZDAファン(にわかは除く)ってほとんどいないと思う。ポルシェファンにしても同じだろう(にわかなユーザーのリアクションは想像できないが)。もうグウの音も出ないほどに徹底的に叩かれてるけど、本書ではまともに相手にもされていないメルセデス、BMW、アウディ、レクサス、日産GT-R、トヨタ86、スバルBRZなどとは違って、ピュアスポーツカーを作り続ける選ばれしブランドという「別次元」な括りでの厳しいご意見である。この線引きがあるからこそ破茶滅茶な暴論でもカネを払って読みたい読者が殺到するのだろう。



買うべきクルマがわかる本

某芸人Yが、BMWi8からマクラーレン720Sに乗り換えたのは、この本(または連載)を読んだ影響かもしれない。ハイスペックなスポーツカーを所有することをSNSでアピールする「クルマ好き芸能人」としていろいろな戦略があるのだろうけど、いまいちBMWでは勢いが点かない!?そんな立場の弱さを悩んだ末の決断だとは思う。芸能人のSNSでの「愛車アピール」はデメリットも多いだろうから、ある程度はステルスマーケティングの一環なのかな!?という気もする。芸人Yのおかげ?かわからないけど東京都港区界隈に行けばi8はちょこちょこ見かける。BMW史上最高の「映え」なので、1.5Lターボとしては想像を絶するリセール価格を実現している。



ステルスマーケティング

複数の女性タレントが相次いでメルセデスを買ったようだけど、これも代理店がらみのステマだと思われる。「両性の本質的平等」において先進国でも最低レベルのレッテルが貼られる日本においても、さすがに女性の社会進出は広がっていて、女性の輸入車のオーナーもどんどん増えている印象だ。ちょっと偏見かもしれないが男性よりもクルマを買うハードルは低そうだ。男性で年収1000万円以下だとなかなか輸入ブランドへは行けないが、女性だと年収500万円くらいでとりあえずメルセデスって感じだ。



クルマ選びの前に勉強しよう

メルセデスのラインナップも日産、MAZDA、ダイハツ、スズキのように女性ユーザー向けのものばかりがどんどん増えている。女性が乗る分にはどれも素敵だが、同じモデルがオッサンのオーナーだと(どのモデルかは伏せるが)・・・ちょっとヤバい。男性にとってクルマ選びはちょっと神経を使ってしまう、いやいや「鬼門」と言っていいレベルだ。気楽に好きなクルマを選びたいなら、とにかく誰よりもクルマに詳しくなることが大事だ。知識さえちゃんとあれば、MAZDA、スバル、ホンダなどのメインストリームな日本メーカー車でも、他ブランドにマウントを取られることなんてほぼ無いのだから。



クルマは退化している!?

昨今のカーメディアはライターの資質の問題もあるのだろうけど、メーカーが意図したクルマの「記号的価値」を盛んに語るものが増えている。ホンダにしろMAZDAにしろ1990年代から2000年頃に世界の頂点に上り詰めたが、その頃に誇った絶対的な「機能的価値」を、残念ながら現行モデルは超えるレベルで設計されていない。CX-60のような直6のFR車なんて2000年頃にはたくさんあったし、200万円台で買えていた。



批判すらできない

読者も、カーメディアも、自動車メーカーが存続することさえ難しい時代に突入していることはよくわかっている。そしてメーカーが可能な限り頑張って感動させるクルマを作ろうとしていることも十分にわかる。だからこそ20年前のクルマと露骨に比較して「機能的価値」を根拠にボロクソに批判するなんて不毛なことはしない。社会インフラとしてさまざまな人に利用される乗用車なのだから、クルマ好きの一義的で偏狭な価値感のみで、「CVTのゴミ」とか安易に切り捨ててはいけない。福野さんの通常の連載を読んでいるとその辺の配慮がよく感じられる。



ブランド離れの理由

レクサス、メルセデス、BMWのような「ハイクオリティ」を提供するプレミアムブランドに対してならば、多少は厳しい意見をぶつけても良さそうだ。しかし多くの人が感じているように、この3ブランドの「機能的価値」はこの10年余り続く停滞期が示すように、開発には否定的で他社の設計をコピーし、シャシー&エンジンまでも流用するなど、ずっとスポイルされ続けてしまった。もはやこの3ブランドにおいては、従来の「機能的価値」を理由に買う人は少数派だろう(つまりクルマ好きは買わない)。世界の消費が「記号的価値」に急速にシフトしているとする安易なコンサルの戯言に乗っかったのだろうが、かなり滅茶苦茶なことになっている。



戦略の違い

クルマ好き素人が偉そうで恐縮だが、レクサス、メルセデス、BMWは、この10年でターゲットユーザーを「クルマ好き」から「女性」へと急速に変えた。少なからず語弊はあるとは思う。例えば欧州や北米ではポルシェ911やMAZDAロードスターも「女性ユーザーがかなり多い」という反論があるだろう。しかしポルシェやMAZDAは特段に女性ユーザーを意識したクルマ作りをしているわけではない。それに対してレクサス、メルセデス、BMWはかなり積極的に「女性しか買えないようなモデル」を次々に増やしてきた。



もはやレビュー対象ではない

レクサスUXやCT、メルセデスA〜C、BMW1er、2er、X1、X2、i3などのモデルを相手に、福野さんは「ガチレビュー」などするだろうか!?過去にメルセデスAクラスをボロクソに書いたこともあったが、今ではダイハツやスズキの軽自動車よりも「配慮」した角が取れたレビューになる気がする。メーカーが女性向けに作っているクルマなのに、還暦の日本最高レベルのライターがガチギレ批判では、さすがに体裁が悪すぎる。もはやピープルムーバーしか作らない三菱や、電動車ばかりを発売する日産やホンダに関しても、これまでと同じような批判ではまるで説得力がないし、読者はついてこないだろう。



生き残り

しかしポルシェやMAZDAのようにピュアスポーツを作り続けるメーカーなら話は別だ。この手の「本物」のメーカーに対しては、真心のままにラディカルなレビューを容赦なく叩きつけるのが、最高の賛辞とも言える。ランボルギーニやマクラーレンなどのスーパースポーツブランドを除いた総合自動車メーカーで、遠慮なしに批判してもいいブランドはポルシェ、MAZDA、スバル、ジャガー、アルファロメオ、キャデラック、テスラくらいかもしれない。



幸せな「評論」がここにある

この本を読んで、ちょっと救われて気分になった。10年くらい前まではそこそこ面白かった「自動車ジャーナリズム」が、スポーツカー限定の領域ではまだまだ有効だということがわかった。それと同時にアルピーヌA110、ジャガーFタイプ、MAZDAロードスターなどの「ピュアスポーツカー」がかなり欲しくなった。何らかの事情でロードバイクに乗れなくなったらスポーツカーを買うと思う。






2022年6月8日水曜日

国沢さんの「提言」に従ったらMAZDAは間違いなく終わる・・・。

 


藤原副社長退任を受けて

MAZDAの新しい取締役人事が発表され、藤原副社長が突然の退任となった。AJAJのライターがメーカーの人事にあれこれとレビューするなんてことは、本来はあり得ないのだけど、国沢光宏さんはかねてから、藤原体制のMAZDAに対して執拗な批判を続けていたが、今回の退任を受けて「ベストカーweb」に新しいレビューを寄せている。



MAZDAが生き残るためには!?

「MAZDAが生き残るためには」というタイトルだけど、現状のMAZDAは押せ押せの状況で、再び主要市場がロックダウンや経済の大クラッシュしたり、さらなる別の地域で大規模な紛争が起きたりしない限りは堅調な成長が見込める局面ではある。まあ何が起こるかわからない状況ではあるが、MAZDAが潰れる前に、巨大な固定費がかかるトヨタ、ホンダ、日産の方が危険度は高いと思うし、戦略的にも手詰まり感がある。



読者迎合の時代

国沢さんは「プロのライター」である。ちょっと曲者だけど、見事なまでに「ワイドショーのコメンテーター」的に自動車評論を演じている。高齢社会を突き進む日本において、メディアで活躍するあらゆるジャンルの評論家は、「カーメディア=ワイドショー」的な側面が求められる。大多数の旧態依然な価値観を持つ読者に上手く迎合できるライター(国沢光宏、渡辺陽一郎、鈴木直也など)は、媒体から定期的に仕事をもらえるが、「MAZDAは至高、トヨタはクソ」とか言ってしまう頭の悪いライターはすぐに干されてしまう。



MAZDAはいらない!?

今回のレビューで国沢さんは「MAZDAへの3つの提言」があると仰る。「1、顧客ニーズのあるクルマを作る」「2、パワーユニットの電動化」「3、トヨタとの連携を強化」だそうだが、3つとか「ほぼ同じこと」を言っているに過ぎない。実際のMAZDAユーザーからしてみたら、それはMAZDAの仕事なのか!?もうMAZDAはいらないってことか!?・・・とちょっと呆れてしまう内容だ。結局のところワイドショー的な理屈とは、90%以上のMAZDAを買わないカーメディア読者層の気持ちに寄り添うことが主眼であるから、これで狙い通りなのだろう。



売れる商品

そもそも「顧客ニーズ」って何だ!?多くの利用者を集めることができるコンテンツ!?つまり「スマホゲーム」や「ストロング・ゼロ(アルコール飲料)」みたいな製品のことか!?確かに電車の乗客の多くがスマホゲームに興じているし、日本中どこの小売店に行っても熟成されていない蒸留酒が缶に入って売られている。国のデタラメな税制を上手く避けて「安くてすぐ酔える」酒をMAZDAに作れというのだろうか!?そういう仕事はトヨタが専門だと思うのだけど。



全くの別物

毎日飲酒する(乗る)人にとっては、毎日飲んでも月5000円くらいで収まるストロング・ゼロがありがたいのかもしれない。熟成されてない「不味いアルコール」を香料と糖分でメチャクチャに隠したドリンク。せっかく糖質を除去した蒸留酒に糖分を加えるナンセンスさ。不健康だし、失礼だが「飲酒の感動」とはほど遠い。個人的にアルコールは週に1〜2回で毎回60mlがせいぜいだから、700mlのフルボトルが1ヶ月で空になることもない。4000円以下でボウモアなど飽きない銘酒が手に入る。今更にMAZDAに軽自動車を作れととでもいうのか!?MAZDAは防府に立派な「蒸溜所」を作り、我々は世界最高の「ウイスキー」を作るという意志で船出しているわけだが。



Bセグの供給が根拠!?

国沢さんの「提言」の根拠として挙げられているのが、MAZDAがトヨタに泣きついて!?欧州向けMAZDA2がトヨタヤリスHVのOEMになったこと。数年前から欧州の自動車行政に「罰金ルール」が適用され、トヨタ以外の既存メーカーは規制をクリアするのに四苦八苦していると報じられている。トヨタやテスラの売上にはBtoBの排出量取引が含まれていることは否定しないけどさ、日本メーカー同士が現地生産のBセグ車を融通し合うのは今に始まったことではない。日本から輸出することがナンセンスでもあるし。MAZDAもメキシコ工場で北米向けヤリスを生産していたが、2020年7月のUSMCA成立でメキシコ生産車に大幅な規制強化が図られたためOEM供給は終了した。



情報操作

国沢さんのレビューが事実を捻じ曲げているとは言わないけども・・・いや今回のレビューの中にも、MAZDAファンなら一瞬で見抜けるものがいくつかある。藤原さんとは異なる方針!?の人物とされる新取締役の毛籠さんが手がけたCX-50が北米で大ヒットと報じられているが、実際に北米でバカ売れしているのはCX-5の方だ。国沢さんとしては、北米専売のCX-50は素晴らしいけど、日本で売ってるMAZDAは全部ダメだと言いたいらしい。CX-5を褒めたらワイドショーの視聴者からそっぽ向かれちゃうから仕方のないことだろうけど。



全ては読者のため!?

「トヨタ嫌い」の藤原さんの真偽は不明だけど、そのトヨタとの協業する北米工場(アラバマ州)設立の指揮をとっていたのが藤原さんだった。国沢さんのレビューからはその辺の都合の悪い話は「トリミング」されている。別に不誠実だなんて批判するつもりはない。「ワイドショーのコメンテーター」的な振る舞いを求められてる評論家という仕事を黙々とこなしている。あくまで「顧客ニーズ」に応えているだけだ。MAZDAへの批判記事を読みたがる読者が一定数いるから書いているだけだろう。



絶対に買わない人もたくさんいる

スマホゲームで人生の時間を埋めたがる人がいるから、ゲーム会社はせっせと新作が作られる。ストロングゼロを欲する人がいるから、飲料メーカーは薄利多売で大量に供給する。服に関心がなくお金をかけたがらない人が買い求めるから、ファストファッションは広がる。これらの会社が大きく成長している中で、日本社会の消費の質は良くなっているのか?悪くなっているのか?まあいろいろな意見があると思う。いくら人気があるからって、スマホゲームは全く興味ないからやらないし、ストロングゼロなど絶対に口にしないし、アパレル最大手のあのメーカーの服を1度も買ったことはない・・・という人は別に珍しくも何ともないだろう。



話を単純化したがる

製品開発に苦心しているメーカーの開発担当者は、「顧客ニーズ」なんて安易な言葉には苛立ちを隠せないだろう。30歳を過ぎた頃には、一義的な「顧客ニーズ」なんて言葉は幻想に過ぎないことに気が付く。次第にチェーン店の飲食店や、コンビニ、100円ショップという業態に疑問を抱くようになり使わなくなる。還暦を過ぎた国沢さんがそんなことわからないはずはないのだけど、ワイドショー的なスタンスとは、読者に物事をシンプルに伝えるために単純化した結論でまとめてしまう。失礼だが、リテラシーのない大多数の読者相手ならこれで十分かもしれない。



「顧客ニーズ」には目的がある

全てのレビューが該当するとは言わないが、この記事のような国沢レビューの「顧客ニーズ」とは、安易な言葉でMAZDAを叩いて気分が良ければそれでいいわけだ。議論のクオリティーなど問題ではない。MAZDAファンをイラつかせるパワーワードさえ織り込まれていれば読者は喜んでヤフコメに転載する。燃費さえ良ければそれでいい・・・的な価値観でクルマを買わせるのが、国沢さんが言う「顧客ニーズ」だとするならば、それはMAZDAの開発者にとっては全く響くことのない「提言」だろうし、繰り返しになるが、そんなMAZDAに何の意味があるだろうか!?



追うのではなく生み出す

誰にでもわかるような「顧客ニーズ」があるからといって、新規参入の企業が安易にスマホゲームや発泡酒に参入したとしても、そこそこのレッドオーシャンになっている市場でうまく立ち回るのは非常に難しいだろう。よほどの潤沢な資金力があれば話は別だけど。素人でもわかることだけど、「顧客ニーズ」は追うのではなくて、多くの企業にとっては自ら仕掛けて「創造」していくものだ。MAZDAの長い歴史の中でも数々の「顧客ニーズ」を自ら生み出していった(ロータリー、ファミリア(5代目)、ロードスター、アテンザ(初代)、ディーゼル&SUVなど)。「顧客ニーズ」を追いかけて利益を上げられるのは、巨大資本を持つ企業だけだ。



MAZDAが動けば「顧客ニーズ」が生まれる

MAZDAはもはや「スペシャル」な存在だ。多くの手数を弄さなくても「顧客ニーズ」を新たに生み出すことができるフェーズにある。新しいクルマを手掛ければ、日本、欧州、北米、中国が好意的に受け止めてくれる。MAZDAが作るのだからいいクルマに違いない・・・という安心感は長年の仕事によって定評を得てきている。あらゆるハイエンドブランドを含めても、完全なる世界の頂点に立ったと言っていいかもしれない。世界で5本の指とすれば、MAZDA、ポルシェ、スバル、BMW、ホンダだろうか。この強烈なメンバーの中でもずば抜けていると言っていい。MAZDAの幹部もそれはわかっていることだろうが・・・。


2022年5月20日金曜日

国沢さんはなぜMAZDAの「トップダウン体制」に反対するのか!?


なぜ執拗に藤原さんに粘着するのか!?

もうタイトルに言いたいことは全て込めた。いつ頃から始まったのだろうか?MAZDAがFRシャシーと直6エンジンの新開発を発表して、低調な自動車産業の中で気を吐いているのに、突然に国沢さんが名指しで「藤原(MAZDA役員)は疫病神」だとか主張し始める。2012年以降にMAZDA関連の出版物が増えたが、その中で堂々たる「独裁宣言」が活字となってファンに「MAZDAの大改革」を訴えていた時期だった。



「トップダウン」が必要では!?

2010年前後にフォード陣営から離脱し、自力で世界シェアを確保する道を選ぶ。底が抜けたような株価低迷の中で「倒産」が現実味を帯びる。技術をたくさん持っているから最期はどこかが買ってくれる・・・くらいの保険はあったようだが、桁違いの販売台数だったり、ブランド力を発揮する伝統あるメーカーに対峙するためには、強烈な指導力が必要だった。



安定企業なら・・・

経営学のど素人が勝手なことを書くことをお断りしておくが、トヨタのようなリーディング企業はトップシェアを得るためのノウハウがすでに構築されているので「ボトムアップ」型による経営が、さらなる安定をもたらす。通常運転で上手くいっているのだから、トップ主導でリスクのある変革を強行する意味はあまりない。



HONDAの変遷

それに対して、2番手以下の企業は、更なる躍進だったり、経常利益を確保する体制を構築するために、しばしば「ギャンブル」とも思える決断を「トップダウン」で行う必要がある。最後発の四輪メーカー・ホンダの創業からの奇跡的な成長はオーナー経営者・本田宗一郎の破天荒な「トップダウン」でこそ実現可能だった。北米や欧州で確固たる地位を築いたのちは、サラリーマン経営者を据えて「ボトムアップ」へとシフトした。



HONDAの世界制覇

今のホンダには80年代、90年代に見せつけた極端な設計が少ない。e:HEVなど技術水準の高さは折り紙つきだけど、燃費が良くてトルクフルで走りやすいユニットは、どこのメーカーでも目指しそうなコンセプトである。どこよりも上手く開発していることが素晴らしいのだけど、かつての「Vテック」のように、フェラーリの手組みより高回転で爆速ピストンのエンジンを、200万円そこそこの乗用車に載せてしまうようなクレイジーさはない。



日産の断絶

日産もカルロス=ゴーンの「トップダウン」によってBEVのリーディング企業となった。「901運動」の熱狂から10年足らずで、全く違うタイプのユーザーに訴求するブランドへ生まれ変わった。S13シルビアやP10プリメーラの面影は、現在の日産ラインナップのどこに引き継がれているだろうか!?外野の素人が物申す立場ではないけど、カルロス=ゴーン失脚後の日産は「ボトムアップ」企業のようなスピード感の無さで、施策も後手後手の印象だ。



スズキのカリスマ

本田宗一郎のようなオーナー経営者・鈴木修が指導力を発揮してきたスズキは、やはり「トップダウン」で北米市場&中国市場からの撤退を決めた。冷戦終結と共にハンガリーに進出し、他の日本メーカーが決断できなかった早いタイミング(1981年)でインド市場にも進出した。日本市場&ASEAN市場でのトヨタの小型車は完全子会社のダイハツから供給を受けるが、インド市場ではスズキから供給を受ける。



トヨタとMAZDA

トヨタも創業家出身のカリスマ社長が辣腕を振るっている。まだまだ「ボトムアップ」の社風は残っているだろうけど、より刺激あるメーカーを演出するために「トップダウン」体制を強調している。トヨタは変わったという好意的な声も多い(どーですかね?)。現在の日本メーカーのうち「ボトムアップ」型を感じるのは日産、ホンダ、スバル、三菱の4社。ダイハツ、スズキは判断が難しい。そして「トップダウン」型を志向しているのがトヨタとMAZDA。



民主主義の終焉!?

「独裁」と「民主主義」はどっちが正しいのか!?冷戦終結直後は「民主主義」への支持が圧倒的だったけど、リーマンショックやコロナを経験する中で「独裁」体制を維持する国家の躍進を見た。どちらが優れているか?ではなく、外的&内的な要因から厳しい状況にさらされた場合には「民主主義」による意思決定の遅さに不満が高まる。「独裁国家」ではない日本なのに、政府の対応が遅すぎる!!と批判が殺到する。



困難な時代には・・・

トヨタとMAZDAはここ数年の国内市場をリードしてきた2大メーカーだと言える。半導体不足で生産調整が行われる前までは、3ナンバー車の販売ではMAZDAがホンダや日産を上回ることもしばしばあった。思うようにクルマが売れない状況では、「トップダウン」型の2社が上手く立ち回れたとも思えるのだが・・・。



苦境の連続

直近の経営だけでなく、オイルショック以降に何度となく経営危機を迎えてきたMAZDAだけど、それを乗り越える度にさらに会社スケールが大きくなっていった感すらある。東洋工業として四輪車に乗り出すことになった、二代目社長の松田恒次もまた本田宗一郎を彷彿とさせるワンマン型のオーナー経営者だったらしい。NSUライセンスのロータリーエンジンに強い情熱を持った社長として知られる。



「トップダウン」から始まる

海軍航空廠の出身である開発者でありのちに社長にもなる山本健一は、ロータリーエンジンの技術的な脆弱性をボロクソに批判し、社長に自重を求めたらしい。社内の空気も「ロータリーなんてとんでもない」というものだったとか。それでも松田恒次は勝手に契約を済ましてきた。さらに山本はロータリーの開発主任にされる。踏んだり蹴ったり展開に呆れ返るばかりだったらしいが、苦心惨憺の末にロータリーを実用化させる。



連鎖

結果的にロータリー開発は、山本健一の名前を自動車産業史の中にハッキリ残すものになった。異例なまでの「トップダウン」の決断がなければ絶対に起こり得なかった出来事だし、ロータリー開発の実績によって、東洋工業はMAZDAとして現在まで残る。1984年に社長になった山本も就任当初から「トップダウン」宣言をしている。



やっちまった・・・

「トップダウン」はオーナー経営者の専売特許とか言われるが、サラリーマン経営陣であってもMAZDAのような社歴&社風では、実行可能なのかもしれない。山本MAZDAの拡大路線は、よく知られているようにバブル崩壊とともに大きな頓挫を経験する。北米工場と作り、販売5チャンネル体制を構築するも、車種の開発が追いつかず、販売台数が最盛期(140万台)の半分まで落ち込む、絵に描いたような破綻劇だった。



あれ!?

その後にフォード陣営に入った再生MAZDAにおいて、外国人社長(マーク=フィールズなど)による「トップダウン」を経験してきたのが、藤原清志さんなどの現体制の経営陣だった。リーマンショックで全てが吹っ飛ぶまでの2000年代に過去最高益を記録するなど、想定外の成功を見てきた。そしてフォード支配から脱却するとともに、再びサラリーマン経営者による「トップダウン」が構築された。



予言者か!?

山本MAZDAも1990年代の前半までは好調だった。藤原MAZDAも2012年からのおよそ10年にかなり理想的な成長を遂げた。歴史は繰り返す・・・国沢さんは独特の嗅覚で数年前から、この奇妙な一致に気がついたのかもしれない。10年ほど続く成功は、経営の難しい局面を招きかねない危険な状況とも言える。「藤原大魔神」批判は、MAZDAにとって転ばぬ先の杖になるかもしれない。10年後にMAZDAが苦境であっても大成功を収めていても「国沢さんの慧眼」は評価されることになりそうだ・・・。



2022年4月27日水曜日

「CX-60報道」 本質が語れないカーメディアの限界。



 

CX-60特需は続く

小沢コージさんの主催するユーチューブ案件チャンネル「Kozzi TV」が毎日のように渡辺陽一郎さんを使った漫談を繰り広げている。CX-60の判明した価格が、完全にトヨタ・ハリアーを意識したものになっている。そんな初心者でもすぐ気づくレベルの話を、ライター歴30年近い二人が分かりやすく伝えてくれる企画は、とても親切ではあるけど視聴者像がボヤけてしまう。たまに渡辺陽一郎さんがポロっとこぼすレアな内部情報が知りたい熱心なMAZDAファンはゲームでもしながら聴いているんだろうけど・・・。



全然ダメじゃん

2000年代のリッターカー&ミニバンブーム以来、日本メーカーの作るクルマなんて真面目に評論する価値もない・・・くらいのテンションだったAJAJライター(特に小沢コージさん)だけど、MAZDAがかなり制約を外して本気でクルマを作ってきたら、今度はまともなコメントが全然出てこない。彼らはどんなクルマだったらベストなレビューができるのだろう。まあAJAJは「案件」レビューが原則であるから、特定のクルマに対するあからさまな批判はできない。



乗り換えスペシャル

CX-5からCX-60へ、横置きと縦置きの違いこそあれど、同じ2.5Lガソリンエンジン同士で乗り換えたら、グレードの差こそあれボトム価格は328万円から299万円に下がる。MAZDAが用意したCX-60「乗り換え」の舞台装置はなかなかうまくできている。次もCX-5を買おうと思っていた人の多くがCX-60を選択していくことだろう。ガソリン派もディーゼル派もうまくステップアップできる価格設定になっている。エンジンがたとえ2.5Lガソリンのままだったとしても足回りが違うというだけで価値がある。



CX-5は世界一のヒットモデルなんだが・・・

いずれにせよ世界の主力市場で売れに売れたCX-5は、MAZDAの歴史に刻まれた名車となった。欧州、北米、中国、日本、オーストラリア、ロシアなどなど、世界中のCX-5ユーザーにその受け皿となるCX-60(CX-70)を用意するのは、当たり前と言えば当たり前なんだけど、そもそも日本のカーメディアにおいてはCX-5が世界で年40万台も売れているという認識がない。日本でも世界でもMAZDAは「苦戦している」という報道を続けてきた。



FRは高価という先入観

今更になってCX-5は世界的な大ヒットを遂げていました!!CX-60はそのユーザーの受け皿としてMAZDAが確信を持って作ったクルマです!!・・・なんて言うわけにはいかないのだろう。とりあえず299万円なんてバーゲンプレイスです!!と大騒ぎするしか能がない。3万ドル程度でFRの6気筒モデルなんて北米で当たり前に売られていて、別に騒ぐほどの価格設定ではない。しかしレクサス、メルセデス、BMWなどのプレミアムブランドの日本でのマーケティング(FRぼったくり)の邪魔になるからだろうか、世界でのFR車の適正価格などが報じることはなかったと思う。



MAZDAのルーツ

熱心なMAZDAファンにとっては、CX-60からの一連のモデルは、FRシャシーというよりも、足回りにおけるMAZDAフラッグシップの「原点回帰」に価値があった。個人的にはFRでもFFでもどちらでもいいけど、足回りだけは第五世代以前のクオリティに戻してほしいと思っていた。BMWのE46(3シリーズ)がロードカーの頂点に立った時に、FFシャシーを使うホンダ、アルファロメオ、MAZDA、プジョーが「足回り」を武器に真正面から戦いを挑んだ。リーマンショックと共に全ては終わりを迎えたけど、MAZDAはピュアスポーツモデル以外で世界最高レベルのロードカーを作れる事を示した。



幾多の困難を越えて

その当時のMAZDAの開発者達は豪華な足回りを「第四世代のリベンジ」だと言って退けたらしい。第四世代ではバブルな日本メーカーだけあって、前後マルチリンクという重厚なサス設計が採用された。しかしバブル崩壊によってフォード傘下入りする事態になった。景気の変化に押し潰されてしまったが、この設計の素晴らしさを世の中に知らしめたい。そんな思いでGGアテンザが完成したらしい。そんなGG&GHアテンザもリーマンショックによって幕引きを余儀なくされた。



わかってない

経営再建の第六世代を経て、CX-5という新しいエースモデルも誕生し、よっぽどの事態が起きなければ確実に稼げる状況にはなった。その上で第七世代で再び「第四&第五世代のリベンジ」をしようとしている。MAZDAのクルマ作りに注がれるスピリッツはロータリーエンジンやライトウエイトスポーツなど様々な要素があるけど、「サスペンション」から理論的に走りを創造するMAZDAの拘りにファンは喜んでカネを払っているのだ。そんな気持ちをまるで理解していないAJAJユーチューバーへの嫌悪感は募るばかりだ。



MAZDAで乗り味悪いクルマなんてある!?

「乗り味良いですね」・・・当たり前だろ。MAZDAだぞ。トヨタの社長も第六世代の乗り味に感激したって話だ。福野礼一郎さんも第六世代のアクセラに感心していた。この乗り味に勝てるのはゴルフ7とアウディA3だけだってさ。この頃からレクサスCT、メルセデスAクラス、BMW1シリーズといったそれぞれ決して悪い出来ではないプレミアムブランドのモデルと比べても抜きん出た存在だった。



最悪の偽善者

MAZDAとしては必然の設計であるCX-60だし、ファンも歴代のMAZDAの流れを汲んだ存在だと認識しているんだが、AJAJの奴らだけ「突然変異」でびっくりなことが起こった!!と騒いでいる。ブランド伝統など何も理解せずに、とりあえずドイツのどっかのブランドのモデルと「ライバル」とか言ってるだけのアホは、評論家だとは思わない。ユーチューバーではないけど、I田N渡なんかが偉そうなことをレビューで書いていながら、まるでMAZDAの伝統を理解していない様子だから笑える。本物のMAZDAファンなら彼の偽善に気が付くはずだ。





2022年4月20日水曜日

水野和敏さんとI田N渡さんの「キャスター角」論が真逆の食い違い!?

 

 


プジョー508

ちょっと前の投稿で水野さんがベストカーのレビュー動画で「軽口」を叩いたことに反発した。プジョー508のハンドリングが素晴らしいとの説明に異論はないけどさ、キャスター角を大胆に取った設計は「誤魔化して作っている日本車とは全然違う」みたいな表現は勘弁してほしい。308と共通のシャシーを使うようになって2代目となる508だけど、同じくCセグのアクセラ(先代)と共通シャシーだったGJアテンザも、FFにしては異例のキャスター角を付けているのだから、看過出来ない言い方だと思う。水野さんはMAZDAが嫌いなんだろうけどさ・・・。



MAZDAと同じ!?


結局のところCセグシャシーを使うDセグの508やGJアテンザ(MAZDA6)は、308やアクセラと同じくらいのところに重心点を持ってくる必要があるので、キャスター角でジオメトリーを稼ぎだす設計になっていると考えられる。重心点が前後に大きくズレてしまうと、加速時や制動時に予想外のピッチングが発生して最悪の場合はクルマがひっくり返ってしまう。初代プリメーラを設計し、FFのスポーツサルーンの時代を切り開いた水野さんでもあるので、その言葉は非常に重みがあるのだけど、今回のレビューは頂けない。



先代とは異なる方向性

Cセグとは別のシャシーを使っていたGHアテンザ(2代目)は、キャスター角は少なめだった。高速域だとちょっとフラつく挙動が見え、事故防止のために一気に重くなる電制パワステが採用されていた。それがGJアテンザとなり7度のキャスター角が付けられると、BMW3シリーズ(F30)と比べても楽勝できるレベルの直進安定性を確保していた(清水和夫さんがテストしている)。



色々理由はありそうだが・・・

FRシャシーとなったCX-60はSUVだけども、再びキャスター角をほとんど取っていないとMAZDAは説明している。ラージサイズのシャシーを使うモデルとしては最小のボデーサイズだから、サスペンションを立てている可能性など考えられる。2002年からの第五世代ではアクセラと異なるシャシーを使っていたGG&GHアテンザはキャスター角が小さかった。2012年からの第六世代ではアクセラと共通シャシーとなったGJアテンザのキャスター角は大きく取られている。



奇妙な一致

第七世代で再びMAZDA3と別のシャシーになったCX-60では再びキャスター角が小さくなる。意図的に乗り味を変えている可能性もあるが、第五世代アテンザと第七世代CX-60はフロントサスがダブルウィッシュボーンになっている。このサスの性能を生かすための判断とも考えられる。プジョー508も先代では一部のグレードにフロント・ダブルウィッシュボーンが採用されていてキャスター角はそれほど取られていなかったが、現行モデルになって水野さんが目を見張るくらいに大きく取る方向に変わったようだ。



どっちが正論!?

さてI田N渡さんのCX-60のレビューにおいてもキャスター角について触れられていた。ちょっと乱暴に感じたが「こんなものはない方がいい」と断定しておられる。「全ては直進安定性のための必要悪」といい切る説明が全く的外れとは思わないけども、「悪」なんですかね!?。これではキャスター角を付けたプジョーの設計を絶賛していた水野さんの立場がない。(角の大きい)GJアテンザと、(角の小さい)GHアテンザでは、かなり明確に「直進安定性」に差がある。しかしそれはボデーサイズや車重の違いにも起因するだろう。トータルの設計ではGHアテンザの方が好みだけど、ハンドリングだけを切り取って比較すれば甲乙つけ難い。



好きなMAZDAって!?

I田N渡さんはどういうつもりで書いているか定かではないが、「CX-60やマイナーチェンジしたロードスターからもMAZDAのハンドリングの方向性が変わってきた」「僕らが好きだったあのハンドリングは・・・」みたいなことが並んでいる。MAZDAファンとしてちょっと何言ってるのかよくわからない。第六世代MAZDAのハンドリングがI田N渡さんにとってはベスト!?という意味でしか受け取れない。



キャスター角が生み出す違い

福野礼一郎さんが、現役エンジニアを集めてまとめた「クルマの学校」にもキャスター角についての説明はあまり書かれていないので、はっきりとしたことはわからない。しかし自転車(サイクル)を複数台所有している人なら、キャスター角が生み出すニュアンスはわかる。私もキャスター角が大きいロードバイクと、角が小さいミニベロの両方を普段から愛用している。ロードバイクなら30km/hで走っていても両手を離して補給食を食べることができるが、ミニベロではハンドルがクイック過ぎて離すのは難しい。



どっちもいい味がある(MAZDAなら・・・)

100kmかそれ以上の距離(4時間コース)を乗る時はロードバイク、せいぜい50km程度(2時間コース)の時はミニベロを使うことが多い。乗っていてどちらも楽しい。トップスピードやエネルギー消費ではロードバイクに分があるけど、ファントゥサイクリングにおいては優劣を付けるのは難しい。2LショートストロークのMZRエンジンを搭載したGHアテンザと、2.2LディーゼルのGJアテンザを両方持っていて、ドライブコースによって使い分けるカーライフも良いかもしれない。



カーメディアなんてこんなものだ・・・

水野さんにしろ、I田N渡さんにしろ、角の大小をそのままクルマの評価に直結させるのは得策ではなかったと思う。この2人がそこそこカーメディアで幅を利かせている状況では、各メーカーが創意工夫を凝らして作ったジオメトリーが、「キャスター角」が大きくても小さくても批判の対象になってしまう。水野さんは「キャスターを立ててパワステで誤魔化す日本メーカーがある」と嗤っていたし、I田N渡さんは「キャスター角なんてない方がいいが、角を付けてもパワステで厚化粧できる」と書いている。全くもって矛盾だらけだ・・・。




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